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コピー本 『夢見堂。プチ vol.3』サンプル

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表紙

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※実際は2段組縦書きです。

『低温滅却(フリーズドライ)』 七零二


 ――― ユウリと一緒に生きて ユウリが死ぬその時まで ――

 雨宮(あまみや)有理(ゆうり)


 ユウリは複雑な女の子だ。
 家庭環境、趣味嗜好、容姿服装、性格人格、たしかにそれらも複雑だ。でも彼女が複雑だという所以は、その心に巣くっている闇の濃さだと思う。
 でも僕は彼女を美しく、愛おしいものだと感じている。
 幼いころからの両親の変態的な暴力で、顔や身体に無数の切り傷を持ち、取り分け死や暗い話に興味があり、いつも全身真っ黒の燕尾服を着て、常に無口でクールに振舞うと思えば、気に入ったモノにはナイフで襲いかかる習性なんてものもある。もちろん超絶笑顔で。
 しかし、それらの要素は彼女の美しさを引き出させるためのスパイスでしかない。
 体中についた傷は彼女の妖艶さを醸し出すことに一役買っており、死や暗い話をさせれば彼女はとても生き生きとした素晴らしい笑顔を見せてくれ、全身黒の燕尾服で男装する彼女は短い黒髪もあいまって少年のようにも見えるが、それこそ逆に溢れ出る彼女の魅力を品の良い領域で押さえつけている。
 彼女が無口でクールな普段から、斬り裂き魔に変貌する時の姿と言ったらもう・・・身もだえしてしまう。
 彼女に襲われて昇天しない男などこの世にいない。僕は声も高々にそう言いたい。だって僕が襲われた時は人生で最高の心地だったのだから。
 そうだ、またユウリに斬り刻んでもらおう。そう思い立ったら何故だか無性に身体がむずむずしてきた。それじゃあ今すぐにユウリの部屋へ―――
「ユウリの部屋が、何?」
「ほうわぁ!」
 ずだん!と騒がしい音と共に、僕は椅子ごと後ろに倒れこんだ。日頃から付けているユウリ日誌を書いている途中に後ろから人の声がしたのだ、驚かないわけがない。
 それよりもだ、今聞こえた声には聞き覚えがあり過ぎて、誰だか断定したくないと耳と脳が言っている。
 それでも好奇心旺盛な僕の眼は勝手に首を動かし、その声の主を見据える。
 ため息が出た。あ、これは後ろめたさとかじゃなくて、美しいものを見たときの感動のため息。なぜならユウリが背後に美しくたたずんでいたから。
 ユウリはそんな僕を見ずに、僕の部屋の机に置かれていた日誌に歩み寄り、ぱらぱらとページをめくって見始めていた・・・て、何ですと?
「ちょ、待ってユウリ!こ、こ、これにはマリアナ海溝より深い訳が―――」
 ひゅばっと顔の側面を何かが掠める音がした、と思うと、いつのまにか自分の頬が切れて血が流れ始める。
「な、な、な、なんじゃこりゃああああああ!」
顔を掠めて背後に飛んでいったものを確認。
 コ○ト社製の某投げナイフ、全長二十五センチ、それが壁にしっかりと根を生やして突き出ていた。
 そんなユウリのお茶目な?抵抗に僕は唖然としつつも、ユウリのそんな行動に見惚れていたのも事実だ。
 ユウリは僕の書いたユウリ日誌を読み切り、パタンとその分厚い日誌を閉じると、僕の方を向いて呆れたような顔をする。
「君はまだこんなことをしているのか?ユウリのことなんて書いても面白くもなんともないだろうに」
「そ、そうかな?ユウリは見ていて飽きないし、ユウリのことは初めて会ったときから好きになってしまったしね。僕はユウリが大好きだよ」
 僕は二番目と三番目に言ったユウリを強調してそう恥ずかしい告白をした。
 でもそれは僕の正直な気持ち。僕がユウリを愛する気持ちに澱みなど入る余地などない。
 一呼吸置いた沈黙の後、その告白にユウリは頬を掻きながら少し動揺している。
「・・・やはり君はユウリのことが好きだったんだ。まいったな、私はどうしたらいいんだ?」
 ユウリには珍しい澱み方。いつもは冷静になんでも受け止めるユウリが、こういう反応を示すときは真面目に考えてくれている証拠。
二人の行く末についてどういった意見を出したらいいか思案してくれているのだろう。
「ああ、でも気にしないで。僕はただユウリが好きなだけだから。ユウリとどうこうしたいだなんて考えていないし、これが叶わない思いだってわかっているから」
 これをあまり深刻にとらえられては困るから、僕はできるだけおどけた風にこの話を切った。
 ユウリはまだ言いたいことがあったのだろう。一度口を開きかけたが、僕が話を茶化した時はその話を続ける気がないとわかっているから、ユウリは口を閉じて黙った。
そして、その代わりなのだろうか。ユウリは僕に普段あまりくれない言葉をくれた。
「ありがとう」
「え・・・」
僕は耳を疑った。ユウリがお礼を言うことなんてありえない。ユウリは誰に対しても悪い意味で平等だ。誰かに感謝する感情の振れ幅は持ち合わせていないはずだし、お礼の言葉を知っているかどうかも怪しかった。でもユウリは僕にお礼を言ってくれた。
 お礼を受けた僕が硬直しているのを見て、ユウリは少しムスッとした顔で言い訳のように言った。
「私は確かに礼をすることなど知らない。でも何故だかユウリを好きになってくれた君にそう言いたくなったんだ。理由なんてないよ」 
 ぶっきらぼうに言うユウリの言葉が嬉しかった。その感情だけが今の僕を埋め尽くしていたのかもしれない。
 僕はそれだけよかった。極たまにでいいから二人の心と触れ合っていればそれでいいと。そう思っていた。
 でもその時僕は、迫りくるユウリの死に何一つ気が付かなかった。今日一緒に話していたユウリが、自室で冷たくなって発見されるその時までは。


……続きは『夢見堂。プチ vol.3』にて。